(私の身代わりの、木の根っこは、一体どこにあるんだろう。)この本を味読しながら、私の頭の中に、ふとそんな疑問が浮かび上がった。
ベーバは、初め、おばさんや色々な人に、口答えばかりしていたが、もう一人の自分を他人として見つめることにより、(根っこのベーバみたいになりたくない)と思ったらしく、人の話を素直に聞いて、わがままを言わない、いい子になっていった。
ところで、私のベーバには、何事も最後までやりぬく事や、人に親切にする事など、いくつかの共通点があった。
また、私とベーバには、相違点もたくさんあった。私は、わがままを言うが、ベーバは、あまりわがままを言っていない。私は人の話をあまり素直に聞けないが、ベーバは人の話を素直に聞ける。(すごい、私もベーバみたいな子になりたい)と思った。素直に、人の言うことを受け入れられる、そんなベーバのまっすぐな行動を、私はうらやましいと思った。
それと同時に、私は、自分自身のことを振り返ってみた。母には、おねだりばかり、父にはわがままばかり。
(こんなにわがままを言っていてはいけない。今すぐあやまりたい)とまで思った。
それなら、どうすれば自分自身を変えることができるのだろうか?そこで、私は、今までの自分を振り返ってみることにした。
(妹をいじめるのはやめよう。)と思ってもいじめてしまう。ある時は、(口答えはやめよう。)と思っても反抗してしまう。
このように私は、いつも反省する気持ちを持っているのに、何度も同じ失敗をくり返している。そう気が付いたとき、私は、どうしようもなく、情けない気持ちでいっぱいになった。では、ベーバはどうだっただろうか?
ベーバは、もう一人のベーバの行動を他人の立場から見ることができた。だからこそ、自分自身の悪いところがはっきりとわかり、「これから自分がどうしていかなければいけないのか」ということをしっかりと考えることができたのだと思う。
そして、私は、まず「他人として自分を見つめる」という方法でやってみることにした。
私にもたぶん、いいところも悪いところもあるだろう。だから、きっと私の人生も「ベーバとベーバ」ならぬ「真由と真由」であると思った。
私の身代わりの木の根っこ―それは、私の強さと弱さのあらわれではないだろうか。だから、人はみんな、何度も失敗をくり返しているのだろう。
やがて、私は、私の中に「身代わりの木の根っこ」の存在をはっきりと感じた。 |